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海からの声を伝える⼈々

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過去から学び、将来を見据え
海洋大で養ったグローバルな視点で羽ばたいて欲しい

竹内俊郎 前東京海洋⼤学⻑


過去から学び、将来を見据え
海洋大で養ったグローバルな視点で羽ばたいて欲しい

竹内俊郎 前東京海洋⼤学⻑

東京水産大学・東京水産大学大学院(現・東京海洋大学;以下、単に海洋大学と略記)を卒業・修了後、長きにわたって研究者、教育者として勤めてきた竹内俊郎学長。海洋資源環境学部の創設やVision2027、それに伴うアクションプランの策定においては、学長として力強いリーダーシップを発揮しました。一方で、魚の仔稚魚※1期の飼料開発や閉鎖循環式陸上養殖システムの研究など、現在の水産養殖産業にとってなくてはならない技術基盤の構築にも大きく貢献した研究者でもあります。学長として進めて来た取り組みへのモチベーションとこれからの海洋大学への想いを聞きしました。

※1 仔稚魚:魚類の発生段階を示す言葉。卵から孵化して間もない段階である仔魚期の魚と、仔魚期を経て骨格や鰭などが発達した段階である稚魚期の魚をまとめた言葉。

学長 竹内俊郎 教授

略歴

竹内 俊郎(たけうち としお)
東京水産大学水産学部、大学院水産学研究科水産増殖学専攻修士課程を修了後、
1975年8月に東京水産大学水産学部に助手として着任。
東京大学にて学位を取得。
講師、助教授を経て1994年4月より東京水産大学教授、
2003年より東京海洋大学教授。
2009年〜2012年まで理事・副学長、
2015年〜2021年まで学長を務める。
農学博士。

Q 学生時代は、東京水産大学(現・海洋大学)でどんな研究をしていたのですか?

大学学部4年時の1年間と、大学院修士課程2年間は全く別の研究をしました。4年生の頃は、魚の糖代謝に関する酵素の研究をして、修士課程では養殖飼料製造のため魚にとって必要な栄養素に関する研究をしていました。酵素に関する研究は、簡単に言うと魚の肝臓から特定の酵素を抽出して分析するというものでした。抽出も分析も、ものすごく時間がかかる実験でしたが、同級生とペアを組み、時間を忘れて熱中しましたね。たった1年の研究だったけれど、論文3報分の研究成果を出すことができたので、とても充実した卒業研究となりました。
Q 研究者になったきっかけは?

子どもの頃から、白衣で実験する姿にとても憧れていたんです。ひとつは父の姿。父が企業の研究所で働いていて、たまに職場に連れて行ってくれました。その時に白衣を着ている姿が格好良いなと。大学進学を考える時に、ロベルト・コッホ※2や北里柴三郎※3といった細菌学者の功績を知り、自分も研究をしたい!と強く思うようになりました。実際に卒業研究を始めたら、自分で実験ができることが本当に楽しくて楽しくて。研究できるならどこへでも行く!という気持ちで研究者の道に進みました。

※2 ロベルト・コッホ(1843年-1910)ドイツの医師・細菌学者。炭疽菌、結核菌、コレラ菌を発見したほか、菌の培養方法や菌の染色法を確立するなど、現在の細菌検査の基礎を築いた。
※3 北里柴三郎(1853-1931)日本の医師・細菌学者。破傷風菌の純粋培養に成功し、さらにその毒素に対する免疫抗体を発見、抗体を利用した血清療法を確立した。近代日本医学の礎を築いた。
Q 研究者として進めてきた研究で特に印象に残っている研究はなんですか?

元々新しいことを発見したり、試したりすることが好き。色々な研究をしてきたのですが、特に印象に残っている研究は、2つあります。ひとつは種苗生産した稚魚にどんな餌をあげると、健康で大きくなってくれるのか、という研究で、稚魚の飼料にはドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)という物質が必須だということを初めて明らかにしたこと。もうひとつは、閉鎖循環式陸上養殖システムを宇宙でも展開することを目的に、微小重力下での魚の行動について検証した研究です。微小重力状態を作るために航空機に水槽を載せ、一緒に乗り込んで実験をしました。大学が持つ設備では到底できない実験なので、このような実験ができたことには今でもとても感謝しています。
Q 新学部(海洋資源環境学部)の創設の経緯は?

海洋大学が誕生したときから、私たち教職員はそれぞれの大学は1学部ずつだったけれど、「1+1は2ではない(もっともっと大きくなれる)」と考えてきました。だから、新しい学部を創設したい、という気持ちは当初からありました。海洋資源環境学部は、海洋学の基礎を学びながら、海洋保全や海洋開発を両立して学ぶことのできる日本でも珍しい学部です。新学部創設当時は、日本の海洋産業が勢いよく発展するのでは、と予測していましたが、まだまだこれからという感じ。2021年3月には初代の卒業生が海洋資源環境学部から社会に飛び立っていきますので、みなさんの将来の活躍に大いに期待しています。
風車
Q TOEICの点数を進級要件にするなどグローバル教育にも力をいれたのは?

これは、私自身の留学経験が大きなモチベーションになっています。大学院卒業後、1984年から1986年まで足かけ3年間カナダに留学しました。留学して外国の文化に触れ、研究者と交流したことで
・自分がどれだけ生まれ育った日本のことを知らないか
・いかに広い視野でものごとを捉えることが重要か
ということに気づきました。そこで、学生にも自然と国際的な視野を持って欲しい、国境を越えた交流、留学などグローバルな経験を積める機会を多く提供し、日本だけでなく海外に目を向ける学生を育てたい、という気持ちがグローバル教育の拡充につながりました。また、海洋大学は比較的小規模な大学ですが、大学院では在籍する留学生の比率が高く、国立大学のなかで上位10位以内となっています。留学という形にはこだわらず、グローバルな経験を積んでほしいとも思います。

もうひとつ、当時、カナダに留学して大きな衝撃だったのが、女性の働く姿でした。研究所や種苗生産の現場でたくさんの女性がマネージャとして働いていました。当時の東京水産大学では、大学で学ぶ女性の比率は着実に増えていたものの、まだまだ、その頃の日本では男性と比べて雇用機会や、働く環境が整っていないと感じていました。このような経験から大学も変わっていかなくては、という気持ちをずっと抱いていて、2009年に男女共同参画推進室(女性研究者支援機構オフィス海なみ)の創設に初代室長として関わりました。

東京海洋大学男女共同参画推進室 海なみnet
Q Vision2027とは?どうして作成することになったのですか?

Vision2027は、2015年に中・長期的な目線で作成した海洋大学の未来像になります。作成後3年後となる2018年に見直しを行い、今はver.2が公開されています。国立大学法人では6年ごとの中期目標・計画を作ります。ちょうどわたしが学長になったころに第3期中期目標・計画を作っていました。当時は、まだ統合前のまま、越中島キャンパス(旧東京商船キャンパス)と品川キャンパス(旧東京水産大学)の足並みが揃わないこともありました。そこで、一体化を図るため、そしてより長期的な視点で大学の未来を創るため、私が発案者となり、2015年に12年後を見据えたVision2027というビジョンを作成、未来の見える化を試みました。事務局内に経営企画室を新しく設置し、そこで毎年Vision2027達成に向けた取り組みが大学としてできているかPCDA(Plan-Do-Check-Act)を回す体制もつくり、現在もアクションプランに基づいて全学で取り組んでいます。 越中島キャンパス 越中島キャンパス 品川キャンパス 品川キャンパス
Q 2030年、その先の将来に向けて、海洋大学にはどのような大学であって欲しいですか?

2030年は、Vision2027のその先の海洋大学になりますね。海洋大学には、大学の理念である「人類社会の持続的発展に資するため、海洋を巡る学問及び科学技術に係わる基礎的・応用的教育研究を行う。」という言葉が示すように、社会のためになる海洋に関わる研究のフロンティアであって欲しいと思っています。3学部がそれぞれの分野で日本の、そして世界の研究を主導するような存在になっていることを期待しています。
Q 研究のフロンティア、とは最先端の研究をして成果を出すということでしょうか?

海洋大学における研究は、必ずしも、科学的に素晴らしい大発見をして権威のある学術雑誌に掲載されるという成果だけが良い研究であるとは思っていません。先ほど紹介した海洋大学の理念の下、それぞれの学部・学科が社会にとって価値のある研究を主導していって欲しいと思っています。海洋大学では基礎的な研究だけでなく応用研究も活発に行われていますが、このことは非常に重要だと思っています。広く海洋に関わる研究・教育を行う大学として、海洋に関わる企業等、産業や社会と密接に連携しながら、社会に貢献する成果を出し、実装していってくれることを願っています。
Q これから、海洋大学で学び、巣立っていく学生へ

海洋大学には、これまで蓄積されてきた海洋・海事・水産に関する膨大な研究成果、ノウハウが蓄積されています。これらから、過去に学び、将来を見据え、そして未来を予測できる人になって欲しいと思っています。そして、視野を広く持って時代の変化に敏感に対応できる人になっていってくれることを期待しています。
品川キャンパス正門

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