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海からの声を伝える⼈々

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プランクトンが動く一瞬
ハイスピードカメラで捉える新発見

海洋資源環境学部 田中祐志 学部長

プランクトンが動く一瞬
ハイスピードカメラで捉える
新発見

海洋資源環境学部 田中祐志 学部長

青黒く無機質に見える海を「生き物の器」という視点で眺めて直してみてください。とつぜん鮮やかになるでしょう。
海は、地球表面5.1億km² の71%を占め、深さ平均約4千m(最深部で11,000 m)という巨大な器です。その中には極めて多種多様な生物が暮らしています。なかでも数も量も最も大きいのは、水中に漂って暮らしているプランクトンです。
ひとつひとつはとても小さいけれど、いろんな種類のものがいろんな場所でそれぞれの役割を果たし、私たちが暮らす地球を支えています。
こんなプランクトンの研究に数十年も没頭している田中先生に、お話を聞きしました。

田中教授

略歴

田中 祐志(たなか ゆうじ)
学術研究院 海洋環境科学部門 教授
京都大学大学院修了後、北海道立稚内水産試験場研究員、
近畿大学農学部 助手、講師、
カリフォルニア大学スクリプス海洋研究所研究員を経て、
1998年に東京水産大学水産学部(現 東京海洋大学)に助教授として着任。
2013年から現職。
2018年からは海洋資源環境学部長も務めている。農学博士。

Q どんな授業を担当していますか?

生物海洋学(海洋環境科学科・2年次)を担当しています。生物海洋学というのは、海を「生物が生活する器(うつわ)」という視点で捉える海洋学です。
海という器、空間は、地球表面5.1億km² の71%を占め平均深度約4千mという巨大なものですが、有限なものでもあります。この海のどこにどんな生物がどれだけいて、何を食べ、何に食べられ、どんなふうに育ち、生き残り、子孫を増やし、物質をどういうふうに循環させているか。私たちの食物にもなる海の生物は、海の環境を変えることもあれば、海の環境が変わると生物が影響を受けることもある。その仕組みはどんなものか。海に棲むいろんな生物のそれぞれが生態系の中でどんな役割を果たしているか。さらに、人の活動が生態系に及ぼす影響をどのように評価し、海の環境保全にどのように取り組むべきか。学生が「生物の器としての海」について学び、人類の持続的繁栄のために何が必要かを考えるために必要なことを伝える講義をしています。

シャチの骨格標本の傍らでプランクトンを語る
Q どんな研究をしているのですか?

主にプランクトン※1の研究をしています。プランクトンと呼ばれる生き物がどんなふうに泳ぐか、何をどうやって食べるか、何にどう食べられるか、いかにして子孫を残すか、などを調べています。船に乗って沖に出て、どこにどんなプランクトンがどれだけ居るかを測ることもやります。
なかでも力を入れているのは、プランクトンの動きをハイスピードカメラ※2を使って調べる研究です。プランクトンは小さいですから、観察には顕微鏡など拡大装置が必要です。ところがプランクトンは、泳ぐ力が小さいといわれるけれども実はけっこう速く動きます。顕微鏡の視野、焦点が合う範囲って狭いでしょ?スイスイ泳がれたら観察できません。そこで、髪の毛の先に瞬間接着剤でくっつけたプランクトンを、マイクロマニュピレーターという微動装置で支え、顕微鏡や特殊な拡大レンズを付けたハイスピードカメラで撮影するのです。髪の毛を使うのは、ある程度柔らかく害が無いからです。ハイスピードカメラを使うのは、普通のビデオカメラでは1秒に30コマしか撮影できない、つまり1/30秒よりも短い間に何が起こっているかは捉えられないからです。例えばプランクトンの脚の動きについては、1秒に50往復もすることがあるので、1秒に30コマでは何も分かりません。
実際にプランクトンを見ていると本当に不思議です。特撮に出てくる宇宙生物みたいに奇抜な姿形(すがたかたち)のやつもいます。ちっちゃいけど、顕微鏡で拡大すると恐いですよ。また、想像を超えるほど華麗で強力な動きをするやつもいます。例えば、1秒間に自分の体の数百倍もの距離を移動できるアスリートもいます。プランクトンが永い進化の過程で獲得した究極の形と技です。私は、それをほんとうに面白いと思い、その動きがどうなっているか、体の各部はどのように働いているか、といったことを詳しく調べています。調べることが、プランクトンの動きを真似た、例えば血管の中を自在に動ける小型ロボットの開発などに繋がるかもしれません。
実はプランクトンには分かっていないことばかりです。速い動きの研究はハイスピードカメラという特殊な装置があって初めてできたことです。これからは技術の進歩とともに次々と新しい発見や研究が行われていくでしょう。

※1 プランクトン:浮遊生物。遊泳力が弱く、水中を漂う生物の総称。
※2 ハイスピードカメラ:高速度カメラ。一般的なビデオカメラよりも、1秒間に撮影する画数(フレームレート: FPS)が多い。先生の研究では最大2,000 FPSの撮影が行われている。
ミジンコ(体長約2 mm)
ミジンコ(体長約2 mm)。
左:髪の毛の先に瞬間接着剤で固定され、水中で保持されている。この状態で餌も食べ脱皮もする。
右:餌の粒子多数を含む水を右上から吸収し、殻の中で高速で動く脚(刺毛が密生している)で粒子を捉え、粒子を含まない水を下から排出している。
Q 海洋生態系においてプランクトンはどのような存在ですか?

陸でも海でも有機物を生産するのは植物です。陸では木や草や苔などが太陽の光を吸収して光合成をしますが、海では藻(も)や海草(うみくさ)、植物プランクトンなどがその役割を担います。
藻や海草は海底に固着するので浅い沿岸にしか生えることができませんから、広い海の大部分では、水に漂っている植物プランクトンが有機物の造り手として重要です。漂う(沈んでしまわない)ためには、サイズが小さくなければなりません。植物プランクトンは1 µm(0.001 mm)からせいぜい1 mmほどです。こんなに小さいものが実はものすごくたくさんいて、太陽の光がある程度届く層(外洋では100 mくらいまで)に漂いながら光合成をしています。それを1 mmかせいぜい数cmの動物プランクトンがバリバリ食べ、成長し、増えていきます。それらを肉食性の動物プランクトンや小魚などが食べ、続いてそれらを大型の魚が食べ、終には人間が漁獲して食べることになります。このように、海の生態系は植物プランクトンを起点とし動物プランクトンを介して魚に繋がっており、プランクトンは私たちが利用できる魚の量に大きく影響しています。つまり、プランクトンは人間も含めた海の生態系の基礎を成す、極めて重要な生き物なのです。
しかし彼らは、人間のために生きているのでは決してありません。自分が生きるため、子孫を残すため、何百万、何千万、何億年と進化してきた結果、今の地球に存在しているのです。そんなプランクトンに向きあうとき、「ずっと地球に生きてきた君らがどんなにうまくできているか、僕らに教えてください」と呟かずには居られません。

インタビューに真剣に答える。
Q 思い入れのあるプランクトンは何ですか?

とくにこれ、ということはありません。プランクトンは多種多様で、姿も形も生き方も十人十色です。ひとつひとつの種についてこいつが重要であいつは重要でない、なんてことはありません。私が千人いたら千種類のプランクトンを研究するでしょう。どんな種類のプランクトンでも、向き合っていると時間を忘れます。

実験の様子。2010年10月。岩手県大槌の東京大学海洋研究所で。
大学院学生と、ハイスピードカメラでプランクトンの動きを撮影している。
Q 研究者になろう、と思ったきっかけは?

子どもの頃から海に親しんでいました。また、不思議で綺麗な海中映像を流すテレビ番組を毎週夢中で見ていました。そんなことが海への興味を植え付けていたのでしょう。
その後いろいろ読んだり見たり聞いたりしているうちに「食糧資源と環境保全に関連して海のことを勉強したい」などと志して京都大学の水産学科に入りました。ところが、学部の頃はスポーツに没頭し勉強には不熱心、という良くない学生で、4回生に進級したときには、卒業したらすぐに就職するつもりでした。そんなとき、楽しそうに研究しておられる先生に漁業の現場や船での仕事に連れて行っていただいて、人生が変わりました。クロマグロ養殖の現場を見て「これはすごい!」と身震いするほど感動したのを憶えています。それで、4回生の中頃になって初志を思い出し「やっぱり水産の勉強を頑張ろう」と、大学院に進学したのです。
大学院では、ちょっとシゴかれ、勉強を進めるほど、科学を社会に還元するため、例えば環境保全に役立てるためには、基礎的なことをこつこつと詰めていかないといけない、と思い知らされました。40年経った今も常々感じていることです。
そんなこんなで、とにもかくにも修士課程を了える頃、たまたま求人のあった北海道立水産試験場の漁業資源部に就職したのが、研究者としての人生の始まりです。

新米研究員の頃。1985年5月。北海道立稚内水産試験場の北洋丸甲板上で。
船尾は底曳網のオッターボード。
Q 2030年に向けて、これから入学してくる学生さんとどんな研究をしたいですか?

実は私は、これから入学してくる皆さんが卒論生になる頃には、定年を過ぎていて海洋大には居ません。私がこれからの短い時間にできるのは、授業や実験・実習等で知識と経験を伝えることです。皆さんには、海洋大の特殊性を理解し、最大限に活用していただきたい。海洋大は、練習船がある、というかけがえのない強みを持っています。
興味に任せていろんなことに挑戦して欲しいです。プランクトンを船で採ってきて育ててみるのもいいでしょう。生き物の世話は大変だけど面白いですよ。卒論でプランクトンの決定的瞬間を捉えるために脇目も振らずに取り組むのもいいでしょう。失敗しても命まで取られることはないから安心してください。成功したら大発見が得られるかも知れません。成否はともかく没頭できる課題に出会えたら幸運です。
研究に使える技術は日々新しくなっていきます。例えば、これまでプランクトンを調べるにはまず船に乗って網で採ることから始めていましたが、網で採ると形が崩れてしまうものも多くあります。こういう脆弱なプランクトンの研究は、なかなか進みませんが、海の中で直に撮影し記録する新しい方法で画期的に進むかも知れません。人類はそういう技術の開発に宇宙開発に匹敵するほどの力を入れるべきだ、と思います。生物に興味がある人だけでなく、物理や工学に興味のある人がプランクトン研究のための機器やロボットなどを開発する、というのも面白いかもしれません。多様性が大切です。多様な学生さんには、多様な対象の中からそれぞれに得意なことを見つけて欲しいです。私たち教員は、学生諸君に勉強や研究の楽しさ(と厳しさ)を伝え、得意なことを探すのを手伝います。

2年生の「海洋環境学実習」。2007年7月、青鷹丸船内の教室で。
深層から採った海水を分析する学生を指導している。船に寝泊まりしての集中的な実習が行われている。
Q これから大学へ入ろうとしている若い世代へ一言

健康が第一!命あっての物種だからね。だれもが大切なひとりひとりです。プランクトンと同じやね。長い時の流れの中で今ここに生きているのは、奇跡的なことです。奇跡的な時間を大切にしてください。

南極海の夜明け。2010年1月。海鷹丸の甲板上で。専攻科の学生と。

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