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様々な人・機関と関わりを持ち、社会に役立つ言語研究を

海洋生命科学部 海洋政策文化学科 今村 圭介 准教授


様々な人・機関と関わりを持ち、
社会に役立つ言語研究を

海洋生命科学部 海洋政策文化学科 今村 圭介 准教授

言語と社会の関りを研究する社会言語学。その研究には、フィールドワークが欠かせません。研究者がひとりで机に向かって考え続けるのではなく、実際に現地に赴き、現地の人々と交流し、協力することで、言語と社会や文化との繋がりが見えてきます。
日本から飛行機で5時間弱のところにあるパラオでは、日本語が借用語として人々の生活に根付いています。パラオの日本語借用語辞典を制作した今村先生は、言語研究が人や社会にどのように役に立つのか日々考え、言語学の社会貢献を見える化する夢を持っています。


※ 借用語:他の言語から取り入れられた(単)語で、使われるうちに、日常的に使われる言葉として定着したもの。

今村准教授

略歴

今村 圭介(いまむら けいすけ)
学術研究院 海洋政策文化学部門 准教授
首都大学東京都市教養学部を卒業、
同大学院人文科学研究科博士後期課程を修了し、      
2014年に博士(日本語教育学)を取得。
東京医科歯科大学教養部助教を経て、
2020年から東京海洋大学海洋生命科学部准教授。

Q 所属する学科はどんな学科ですか?

海洋政策文化学科と言って、海洋に関する文学、社会学、経済学、スポーツ科学など幅広い分野を学べる、視野を広げられる学科です。海洋大に着任してからまだ一年なので私自身どんな学科かを探っているところですが、着任して感じたことは、学生と先生の距離が近いということです。学生とは就職相談も含めて悩みを聞いたり、仲間として接しています。学生は、素朴で素直で真面目、そして優秀です。のびのびと学んでいる印象で、授業をしていて楽しいです。着任してからすぐに緊急事態宣言が発令されて、リモートでの講義が多いのですが、それでも雰囲気が良いと感じられるのが海洋大の特徴だと思います。乗船実習等で学生と教員が共に過ごす時間が多いのも影響しているのかもしれません。
Q どんな授業を担当していますか?

留学生に対する日本語の授業、レポートの書き方や発表方法を学ぶ日本語表現法(1年次)、日本社会・文化に関する日本社会理解(3年次)などを担当しています。海洋大学大では日本語表現法は必修科目です。(今でこそ日本語表現法を必修化している大学が増えていますが、)海洋大学が導入した当時はほとんど例がなく、必修化のさきがけだったと聞いています。高校までの作文と大学でのレポートの書き方は違います。最近は文献等の引用の仕方等、研究倫理が重要視されています。自分の意見と他人が書いた事実の書き分け方等、論文を書く時に必要なことを学部生から学ぶことができるのは、学生にとって良いと思います。日本語表現法は1年生の科目ですが、学年が上がっても役に立つ内容ですので、卒業論文を書く時に忘れていないように、2・3年生で何か繋ぎができないかと考えています。
Q どんな研究をしているのですか。その研究のおもしろさは、どんなところですか?

社会言語学という言語と社会の関わりを追求する分野が専門です。その中でもミクロネシアにおける日本語について特に研究しています。なぜミクロネシアかと聞かれると、「たまたま選んだ」としか言えませんが、この研究の魅力・面白さは、フィールドワークです。1~2週間程度フィールドに赴き言語に関する聞き取り調査を行うとともに、人と話をすることやフィールドを観察することでその社会や文化について理解を深めることができるのが醍醐味です。研究対象を言語だけに絞ることもできますが、社会全体として幅広く色々なことを観察することも重要です。自分ひとりで籠って考えるのではなく、人と会って刺激を受けて新しい考えがひらめくことがあります。

ミクロネシア、ポナペの雑貨屋

ミクロネシア パラオにおける踊りの練習風景

ミクロネシア チュークの浜辺
Q 何がきっかけで、その研究をしようと思ったのですか?

学部入学時は物理学科で入学しました。学部の交換留学のプログラムでオーストラリアのシドニーに留学して、オーストラリア英語とアメリカ英語の違いや自分の言語習得がとても面白いと思いました。それを機に学科を変え、そこから言語学について色々と本を読むようになりました。学部の頃は言語研究の理論を頭の中でごちゃごちゃ考えて、考えを繋げていくことに夢中になっていたのを覚えています。思い返すと、子どもの頃は、長文を読むのが苦手でしたが、文法は好きでした。卒業論文では、日本語の助詞「は」と「が」の分析に取り組んだのですが、結局わけわからなくなって終わったように覚えています。この時、たとえ結論が出たとしても、これが何の役に立つのか?面白いだけか?と考えるようになりました。その経験もあり、頭の中だけで完結する言語研究(椅子に座って考えるという意味でarmchair linguisticsと言うこともあります)より、もう少し社会と関わりがある分野で研究してみたいと思い、今の社会言語学という研究分野に落ち着きました。

留学時代のルームメイトとの写真
Q その研究はSDGs何番の目標と関わりがありますか?

難しい質問です。近年の研究の流れの中で、社会に役に立つ言語研究をしなければいけないという考え方が広まっているのは事実です。また、どんな仕事でも同じ気持ちを持っていると思うのですが、以前から私も自分がやっていることで誰かの役に立ちたいと、漠然と考えていました。
言語研究は、社会の役に立っていることを可視化することが難しい研究です。多くの言語学者はそれを疑問に思っていて、僕自身も大学院生の時にこの点に相当悩みました。
当時、バイリンガリズムの研究のため横浜のドイツ人学校で調査した時に、お子さんをドイツ人学校に通わせる日本人の親御さんと出会いました。その親御さんから、言葉のことで悩み相談を受けたのですが、全然答えられなかった。自分がやっている学問は、目の前で困っている人を助けられないのか、言語研究って何の役に立つのだろうと考えたんです。
ただ、最近の取り組みで、少しでも貢献ができたのかなと思えたのが目標17番「パートナーシップで目標を達成しよう」です。言語研究は基本的には実学から遠い学問です。その知識を用いて社会に応用することを考えて初めて役に立ちます。それは結局言語学者ひとりでできるものではなく、様々な人・機関との関わり、まさにパートナーシップでできるものだと思います。これからもパートナーシップを大切にして言語学者として社会に役立てることを実践していきたいと思っています。
その第一歩として、パラオの日本語借用語辞典を500部作成し、パラオ政府機関の協力を得て配布しました。パラオには、戦時中に日本が統治したという歴史的な背景から日本語由来の言葉(借用語)がたくさんあります。その数は1,000語以上で、それら日本語借用語を辞典としてまとめました。お年寄りと若い世代では、使っている言葉が変わってきていますし、アメリカなどからの外来語も入ってきているので、使われなくなってきている日本語借用語もありますが、逆に世代が変わっても定着し続けている借用語もある。そのような状況も含めて編纂しました。日本統治した世代がいなくなったら日本語借用語は消えていくのは自然なことだと思いますが、記録資料として見える形で残すことも大事なことだと思います。また、この辞典を現地の教育に役立てられないかと考えています。これもひとりで作っただけでは現地に何の影響も与えられないので、パラオの教育省と一緒にどうしたらこの辞典を使ってもらえるだろうかと考えています。また、在パラオ日本大使館と連絡を取り合うことで、辞典が日本とパラオの友好ビデオの制作や、日本語借用語を使ったスピーチ大会の企画などに繋がり、言語というリソースを上手く二国間の友好促進に活用してもらえています。その経験から言語学者の中でただ面白い研究として終わらせるのではなく、パートナーシップによって社会に役立てることができるようになると思いました。配布後にコロナ禍になってしまったので、現地での活用状況などはこれから検証を行う段階になりますが、日本人にも外国の地で日本語が使われている背景を知るきっかけとして今後の研究も考えていきたいと思います。

著書「パラオにおける日本語の諸相」
Q 研究者として、今後の目標は何ですか?研究を通じて、これから世の中にどのような「夢」を与えたいですか?

研究者を続けるうちにどんどん現実的になってしまって、この質問で「夢」を持たないといけないと改めてハッとさせられました。言語は人間の活動の根底にあるものなので、本当は言語学がもっと社会の役に立つ可能性を秘めていると思います。現在の言語研究の枠組みでは、社会貢献をすること=言語研究ではないのですが、自分の研究をもっと実社会に結びつけ、そのような研究の流れを少しでも作っていければと思います。それで「自分の研究で〇〇のような人に役立っている」と、胸を張って言える様になりたいと思います。あまりにも現実的な夢の様に聞こえるかもしれませんが、簡単なことではありません。夢を持ってそれを形にしていこうという気持ちを持てるのが海洋大の良いところだと思います。

パラオの新聞に載った辞典紹介の写真

参考

https://islandtimes.org/palausloanwords-from-japanese-language-published-into-a-dictionary/
Q 2030年に向けて、これから入学してくる学生さんとどんな研究をしたいですか?

10年後、どこを目指して、どこに向かって研究していくのか自分の中でイメージすることは重要だと改めて思いました。漠然としていても、自分が研究として生み出したものを、如何に人々が必要としているところに役立てていけるのか追及していかなければいけないと感じています。それが具体的には見えないところもあるのですが、社会の役に立つという視点や思いを持って進めていくことは忘れてはいけないと思っています。
パラオもその思いがあったので、同じ思いの人と繋がることができました。やはり世の中と離れたところの言語研究ではなく、いかに言語研究を社会に結びつけていくかを考え、それを具体的な成果として出せるようにしていきたいと思います。ミクロネシアの日本語だったら、そのようなリソースを使って日本とミクロネシアの友好的発展にどのように結びつけられるか、現地の人が教育にどのように使っていくかなど。バイリンガリズムに関する研究だったら、バイリンガル家庭で子供の2言語の能力をどのように育てていったら良いのかなど具体的に研究の理論や調べたことを使って、実社会にどのように役立てるかを考えていきたいとは思っています。そのためには基礎的な研究をするだけでなく、常にその先を考えつつ、従来の研究の枠組みを超えたことを行なっていかなければいけないと思っています。それは先ほどの話のSDGs17パートナーシップというのをどの様に拡大していくか、ということではないかとは思います。それを少しずつ今後形にしていければなとは思っています。
海洋大学は色々なことに挑戦できる大学、体験できる大学なので、学生には自分の思いを積極的に行動に移してほしいです。様々な機会を利用して、様々な場所に出て行ってみれば、好奇心が刺激されたり、問題意識を持ち始めたりして、ゆくゆくは将来に繋がっていくと思います。自分が何者であるか、将来何がやりたいかは、経験の積み重ねで見えてくると思いますので、どんどん外に出て行ってほしいですね。

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