Q 現在の研究テーマをわかりやすく教えてください。

魚に多く含まれるドコサヘキサエン酸、いわゆるDHAが、脳の中でどのように働いているのかを調べています。
DHAは食品から摂取される成分ですが、食べたDHAが体内に取り込まれたあと、脳でどのように効果を示すのかは、まだ十分には明らかになっていません。
そこで私たちは、安定同位体を用いてDHAに目印をつけ、もともと脳に存在しているDHAと、食事から取り込まれたDHAを区別しながら解析しています。
臨床研究では、DHAを多く摂取している人はアルツハイマー病の予防につながる可能性があるとも報告されています。
しかし、その作用がどのような仕組みで起こっているのかについては、まだよく分かっていません。
私の研究の特徴は、食べたDHAの行き先を追跡できる点に加えて、これまであまり注目されてこなかった特殊なリン脂質に着目している点です。
通常はDHAはリン脂質という脂質の3本ある手のうち、真ん中の手(専門用語ではsn-2位)に結合しています。
しかし、面白いことに、DHAが1番上の手(sn-1位)に結合した特殊なリン脂質が、脳にだけ存在していることが分かっています。
ただし、その機能についてはほとんど明らかになっていません。
この特殊なリン脂質の役割を明らかにできれば、食事から摂取したDHAが脳内で特異的な形に変換され、機能を発揮している可能性を示すことができます。
さらに、そのような形の化合物を効率よく増やすためにはどのようなアプローチが有効なのか、といった応用にもつながると考えています。
Q 研究に取り組み始めたきっかけを教えてください。

きっかけは、現在の研究室に入った当初、教授が安定同位体を用いた研究に取り組んでいたことです。
そこからこのテーマに関わるようになりました。
その後、自分が以前から培ってきた分析技術や、動物を扱う実験の経験なども取り入れながら、現在の研究へと発展させてきました。
Q 研究の面白さややりがいを教えてください。

もともと私の大きな目標として、「食品を通じて人々の健康に貢献したい」という思いがあります。
その中でDHAは、脳の健康との関わりが期待されている成分ですが、食事から摂取したDHAと、もともと体内に存在しているDHAを通常の分析では区別することができません。
私たちの研究では、食べたDHAが体内でどのように動き、脳でどのような作用を示すのかを追跡することができます。
食品として摂取した成分が、実際に体の中でどのように働いているのかを見られる点は、とても面白いところです。
また、自分たちで工夫した分析条件によって、これまであまり注目されてこなかったリン脂質の形態を分けて調べられることにも、大きなやりがいを感じています。
普通に分析するだけでは見えにくいものでも、少しテクニカルな工夫を加えることで分離でき、他の研究者がまだ見ていない現象を捉えられる可能性があります。
特に、DHAが特殊な位置に結合したリン脂質については、脳の特定の部位に多く存在していることが分かってきました。
しかし、なぜそこに多いのか、どのような機能を持っているのかは、まだ明らかになっていません。
魚として自然にDHAを摂取した方が脳に届きやすいという報告もあり、食品由来のDHAがどのような形で脳に届き、機能を発揮しているのかを明らかにできれば、食品による健康維持や疾患予防にもつながる可能性があります。
そうした未知の部分に、自分たちの技術で迫っていけるところが、この研究の大きな面白さであり、やりがいです。
Q その研究の未来を語ってください。

:短期的なもの(1~2年後程度)と長期的なもの(~10年後) 短期的な目標としては、現在注目している「DHAが結合した特殊な化合物」の機能を明らかにしたいと考えています。
この化合物は脳に特徴的に存在していることが分かっていますが、なぜ脳にあるのか、どのような機能を果たしているのかは、まだ十分には分かっていません。
まずは1〜2年のうちに、その役割を少しでも明らかにしていくことが目標です。
長期的には、食品を通じて人々の健康に貢献することを目指しています。
現在は脳や脂質を中心に研究していますが、将来的には、食品によって脳機能を高めたり、神経活動を活発にしたり、老化の予防につなげたりできる可能性を探っていきたいと考えています。
また、神経機能だけでなく、モチベーションや気持ちといった精神的な側面にも食品が関わる可能性があると考えています。
たとえば、健康維持には運動が重要であることはよく知られていますが、実際には運動する人としない人がいます。
そこで、食品によって運動への意欲を少しでも高められれば、健康づくりに新しい形で貢献できるのではないかと考えています。
食べ物によって脳や心の働きに良い影響を与え、人々の健康を支えること。それが、私の研究の長期的な目標です。
Q 研究はSDGsのどの目標に貢献できますか。

私の研究は、主にSDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」、そして目標14「海の豊かさを守ろう」に貢献できると考えています。
まず、目標3については、DHAをはじめとする食品成分が脳機能や神経系にどのような影響を与えるのかを明らかにすることで、高齢者の老化予防やアルツハイマー病の予防、小児の神経発達や神経障害の理解にもつながる可能性があります。
次に、目標9については、新たな分析法の開発を通じて、食品成分が体内でどのように働くのかをより詳しく調べるための技術基盤づくりに貢献できると考えています。
また、目標14にも関わる研究として、魚介類に蓄積しやすいPFAS、有機フッ素化合物の解析にも取り組んでいます。
PFASは近年、環境や健康への影響が問題視されており、水道水などで規制が進められています。
一方で、食品を通じた摂取、とくに魚介類由来の摂取についても注目する必要があります。
実際に、食品中のPFASを調べた研究では、摂取されるPFASの多くが魚介類に由来する可能性が示されています。
そのため、魚介類中のPFAS含量を測定し、安全性を評価することは、海の資源を守りながら、安心して水産物を利用していくためにも重要です。
このように、私の研究は、食品による健康づくりに加えて、新しい分析技術の開発、さらに水産物の安全性評価を通じて、複数のSDGsに貢献できると考えています。
Q 東京海洋大学で研究する良さはどんなところですか。

東京海洋大学で研究する良さは、海に関わるさまざまな分野の先生方が学内にいらっしゃるため、共同研究がしやすいところだと思います。
水産や海洋に関する幅広い知見や技術が集まっているので、自分の研究だけでは見えにくい視点を得られたり、必要に応じて装置を借りたり、相談したりしやすい環境があります。
また、品川という立地の良さも大きな魅力です。
品川駅周辺はアクセスが非常に良い一方で、港南口側は比較的落ち着いた雰囲気があります。
都会にありながら、研究に集中しやすい環境が整っている点は、日々研究を続けるうえでとても良いところだと感じています。
研究面では共同研究のしやすさや設備へのアクセスの良さがあり、生活面では都市部ならではの利便性もある。
その両方がそろっていることが、東京海洋大学で研究する大きな魅力だと思います。
Q 研究を行う上で大切にしていることやポリシーを教えてください。

やる気と粘り強さ、そして十分な実験量です。
研究では、思った通りの結果がすぐに出るとは限りません。
その中でも、課題に前向きに取り組む姿勢や、うまくいかない時にも諦めずに試行錯誤を続けることを大切にしています。
また、仮説を検証するためには、丁寧に実験を積み重ねることが重要だと考えています。
地道にデータを集め、その結果を一つひとつ確認していくことが、研究を前に進めるうえで欠かせない姿勢だと思っています。
Q 研究に疲れた時のリフレッシュ方法を教えてください。。

リフレッシュ方法は運動です。
体を動かすことで気分転換になりますし、研究から少し離れて頭を切り替えることができます。
学生と一緒にランニングをすることもあり、そうした時間が良いリフレッシュになっています。
Q 研究者を目指す人へのメッセージをお願いします。

東京海洋大学の食品生産科学科では、食品に関するさまざまな研究に取り組んでいます。
その中で私の研究室では、食品成分がどのように体内に吸収され、代謝され、機能を発揮するのかを調べています。
食品に興味がある人や、医薬品ではなく食品を通じて人々の健康維持や病気の予防に貢献したいと考えている人には、とても面白い分野だと思います。
食べることが好きな人にとっても、「何を食べるとよいのか」「どのように食べるとよいのか」「それが人の健康にどのように関わるのか」といったことを、科学的に学び、研究できるところが大きな魅力です。
また、東京海洋大学は品川という都心にあり、都会で大学生活を送れることも魅力の一つです。
多くの情報や人、企業、イベントに触れられる環境で、4年間、あるいは大学院まで含めた6年間を過ごせることは、とても貴重な経験になると思います。
食品や健康、海洋資源に関心があり、研究を通じて社会に貢献したいと考えている人には、ぜひ挑戦してほしいと思います。
2026年8月3日掲載 ※所属はインタビュー当時

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