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平成25年度東京海洋大学入学式における学長式辞

ご入学、おめでとうございます。本学を代表して、心よりお祝い申し上げます。

皆さんへの祝辞を述べる前に、東日本大震災について触れたいと思います。
2011年3月11日に発生した東日本大震災では多くの人命が失われ、今でも行方のわからぬ方々が多数おられます。国をあげての復興支援が続けられておりますが、被災地の復興は必ずしも被災者の皆様が納得できるものでないことは広く報道等で知るところです。福島原発事故も全く終息しておりません。恐ろしいのは、時間の経過とともに、私たちの意識が東日本大震災から離れていくことです。改めて、私は「3.11を忘れない」を皆さんとともに確認したいと思います。
 
東京海洋大学は130有余年の歴史を有し、日本を代表する海洋系大学として、海洋・海事・水産の分野での優れた研究成果をあげているばかりでなく、海鷹丸をはじめとする4隻の大型練習船は、大震災復興支援の一環としての福島沖の放射能汚染の実態調査や、国立極地研究所との共同事業である南極海域調査などの国家的、国際的な活動を展開しており、その取組みは社会から高く評価されております。また、第70代内閣総理大臣 鈴木善幸氏や、中国との国交がない中で、後にLT貿易と呼ばれる中国との民間貿易に道を開いた元通商産業大臣 高碕達之助(たかさきたつのすけ)氏、初代労働大臣 米窪満亮氏、イランでの人質救出で陣頭指揮をとった現防衛大臣 小野寺五典氏をはじめとする政治家や、沖縄電力株式会社会長の當眞嗣吉(とうまつぎよし)氏、前日本水産株式会社社長、現相談役の垣添直也氏、日本ハム株式会社会長の小林浩氏など、多くの優れた人材を政財界や行政などに幅広く輩出していることは、私たちの誇りとするところです。皆さんも、海洋・海事・水産における自分の立ち位置を見極め、日本の発展はもちろん、世界への貢献を視野に、勉学に励んでいただきたいと思います。

皆さんは長崎にあるグラバー庭園あるいはグラバー邸をご存知でしょうか。その名グラバーはイギリス人貿易商であったトーマス・グラバーに由来しています。彼は貿易商であると同時に、幕末から明治にかけての日本で活躍した坂本龍馬をはじめとする多くの人々を支援していたことでも有名です。彼の息子、倉場富三郎(くらばとみさぶろう)はトロール船による漁業を日本で初めて行うなど、日本の近代漁業の発展に多大な功績を残しました。グラバー邸の一室には、彼が松原新に書かせた言葉「大海是田(たいかいこれた)」の四文字が額装されて残っています。「大海原は田んぼのように豊かである」を意味する「大海是田(たいかいこれた)」の言葉は、彼が活躍した時代から100年たった今、国際的に注目を集める海洋を前にして、燦然(さんぜん)と輝きを放つ言葉として甦り、私たちに大海原に船出せよとの勇気を与えています。海は私たちに食糧資源を供給するにとどまらず、石油やマンガン、レアアース、メタンハイドレードなど、人類の繁栄に欠かすことができないエネルギーや鉱物資源の供給の場として、また、洋上風力発電や潮流・潮汐発電といった再生可能エネルギーの場としても注目を集め、その開発が始まっています。

1982年に採択された国連海洋法条約は、海を人類の共有財産と定め、水産資源や海底鉱物資源などについて排他的管轄権を行使しうる水域、すなわち排他的経済水域の責任ある管理を沿岸国に委ねました。我国の国土は37万平方キロメートルで世界第62位ですが、領海と排他的経済水域を合わせた海洋面積は447万平方キロメートルに及び、世界第6位であります。私たちはこの広い海域を人類の平和と繁栄のために責任を持って保全し、利用していかねばなりません。

「大海是田(たいかいこれた)」の言葉は今に輝き、その意味は益々大きく、そして益々重いものとなっています。

私は、皆さんを東京海洋大学に迎えるにあたり、倉場富三郎(くらばとみさぶろう)が残した「大海是田(たいかいこれた)」の言葉を贈り、皆さんとともに、日本を代表する海洋系大学の名に恥じない学窓を作り上げることをお誓いし、私の挨拶と致します。

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