この講習会は、UCバークレー校ローレンス科学館が主催し主に全米各地の大学教員を対象にして、海洋科学に関するコミュニケーション能力を育成することを目的に開催されているものである。4年前から実施され、本コースを受講した者は、それぞれの大学で「Communicating Ocean Science(COS)」を開講する資格を得ることができる。本コースのゴールは、
である。
現在、本コースはUCバークレーの他、スクリプス海洋研究所、ウッズホール海洋研究所、ラトガース大学、ワシントン大学、オレゴン州立大学、ハワイ州立大学、フロリダ大学等約20箇所で大学、大学院生を対象に開講されている。また、水族館や博物館の教育担当者育成に特化したCommunicating Ocean Science Informal Audience(COSIA)も同時開催された。各大学から、学生たちが教育に対する考え方に大きな影響を与え、学生のみならず学部教育の改善がもたらされたという評価を受けている。
本コースを含めバークレー校の取り組みは、連邦政府から高い評価を得て、2005年教育イニシアティブ賞を受賞した。本コースを受講した教員らが、教育センターを立ち上げアウトリーチ活動に活発に取り組んでいるケースもある。ハワイ州立大学とマウイコミュニケーティカレッジは全米科学財団からの資金を得て、 Communicating Ocean Science Informal Audience Centerを立ち上げ水族館等の社会教育施設との連携を図りながら海洋科学教育を推進している。
本コースは毎年6月上旬に開催される。今年は6月2日から4日までの3日間であった。参加者は、パシフィックハワイ大学、マウイコミュニケーティカレッジ、南カルフォルニア大学、オレゴン水族館、バージニア水族館等の大学教員、キュレーター等の総勢20人である。
講義内容は15セッションからなり、次のような内容である。
このコースの最大の特徴は、バークレー校が独自に開発したLearning Cycleである。この理論を用いることで科学をわかりやすく教えることができるという。これは、バークレー校物理学科教授のカープラスが、教育学者ピアジェのもとに1年間留学し指導を受けた後、独自に研究開発し1967年に発表したものである。その後改良が加えられ、現在の形となった。(ちなみにローレンス科学館はカープラスが中心となり設立した大学付属科学教育センターであリ、今年で40周年を迎えた)。
この理論は、COSやCOSIA等の指導者養成講座やGEMS(Great Education for Math and Science)やMARE(Marine Activity、 Resource and Education)等の生徒用教材に応用されている。このLearning CycleはInquiry Based Learning を生み出すきっかけとなった。Inquiry based learningは直訳すると「学習者の要求に応じた学習」であるが、日本では「探求学習」と訳されている。60年代にシュワブの「探求の過程」が紹介されたが、学習の進度を遅らせるという理由であまり普及しなかった。90年代後半になり総合的な学習の時間が取り入れられ、探求学習が見直されるようになった。
今年3月に文部科学省が発表した新学習指導要領では、「生きる力」をはぐくむ上で「探求学習」は重要であると強調されている。日本での探求学習は「課題研究や自由研究などに取り組んで、自らの力で疑問を投げかけて解き明かす」という意味合いが強い。一方、Inquiry Based Learningは「学びは一人一人の経験や学習に基づくものでありそれぞれ異なっている、したがって一人一人の要求に応じて学習内容を提供しなければいけない。
さらに、一人一人の学びは社会的に影響を受けながら発達する。」という面が強調されており、Invitation (導入) → Exploration (探求活動)→ Concept Invention (概念の革新)→ Application (応用)→ Reflection (振り返り)という一連のLearning Cycleを用いることで、一人一人に対応した効果的な学習を行うことが可能となる。この理論によれば、一人一人の学習者は、それぞれ異なった経験や学習によって影響を受けた既存の知識や誤った概念(プレコンセプション、ミスコンセプション)を持っている。
しかし、学習者は、それらの概念が、プレコンセプションとミスコンセプションであることを意識していない。そこで、授業者はまず、プレコンセプション、ミスコンセプションを意識化するためのプレ教材と発問(Invitation)を用意する。適確なプレ教材と発問によって学習者の意識を高めたあと、探求活動教材が提供される(Exploration)。ExplorationはLearning Cycleの中核である。
続いて、Exploration によって活動したあと、授業者からその活動の意味の説明を受け、はじめて学習者は新しい概念を獲得する(Concept Invention)。探求活動によってプレコンセプションとミスコンセプションに揺さぶりをかけ、新しい概念を獲得していくことが、このLearning Cycleの大きな特徴である。続いて、この新しい概念の視点から他の事象を理解する(Application)。その後、振り返りによって概念の定着をはかる(Reflection)。これら5つの過程を教育活動に取り込むことによって学習意欲を高めることができるという。
本コースを主催するバークレー校ローレンス科学館副館長クレッグ・ストラング氏は、このLearning Cycle理論を用いて、20年以上にわたりK-12(幼稚園から高校3年生)教育向けの海洋科学教育教材を開発している。現在約80のプログラムを作成し、15000人の教師によって、30万人の生徒に教えられたという。
私も実際にプログラムを体験したが、確かにExplorationでの探求活動と、その後に展開するConcept Inventionによる概念の獲得が科学的な概念を習得するには有効な手段であると感じた。日本の教育現場では、Learning Cycle理論を用いた学習はあまり知られていないが、総合的な学習の時間や、水族館などでの社会教育における、科学教育や体験学習プログラムに活用できるであろう。また、ストラング副館長は、多くの人々に対しこの理論をもとに新しい海洋科学教材を作成してほしいと期待を寄せた。今後、学校教育、水族館や日本各地の教育の現場により適合したものが作られていくものと思われる。本学では、水圏環境リテラシー教育推進プログラムの一環としてこのCommunicating Ocean Scienceを取り入れ、「水圏環境コミュニケーション学」 として今年度後学期からスタートする。より多くの受講者が教育の重要性を認識し、日本における海洋科学教育がこれまで以上に盛んになることを期待する。
(担当:政策文化学科 佐々木剛)