私の知る限り、アジア諸国においても、台湾、タイなどで海藻や藻場を題材とした水圏環境リテラシーが広く市民を対象として行われている。海洋国であるフィリピンにおける水圏環境リテラシー教育の実態を調べるために、2009年11月18〜23日にフィリピンの東南アジア水産振興センター(SEAFDEC)、フィリピン大学ビサヤ校(UPV)およびサンカルロス大学(USC)を訪問した。
このうち、東京海洋大学が進める水圏環境リテラシーと関係が深い活動と思われたのは、フィリピン大学ビサヤ校水産海洋科学部の漁業政策・開発研究所が開設しているMMA(海洋事情専攻修士課程)プログラムで、推進されているRodelio Subade教授から直接説明を受けることができた。同教授は、「世界遺産の生物多様性保護の評価:フィリピンの国立ツバタハ礁海洋講演の市民による非利用価値」などの研究で知られている。以下、MMAプログラムについて報告する。
フィリピンの海岸線は17460kmで人口の60%が沿岸域に住んでいる。沿岸域では、資源の乱獲、環境悪化、利用者間の衝突、貧困などが長らく問題になっており、人口の増加傾向もあって、資源管理が不可欠である。このため、フィリピン大学ビサヤ校では1999年にMMAプログラムを立ち上げ、海洋と沿岸環境の適正な管理を行うための人材育成を行っている。MMAは学際的なプログラムで、海洋と沿岸資源の管理を総合的に展望できる人材を育成することを目的としている。このプログラムは資源管理だけでなく、沿岸集落を持続的に発展させる資源利用者にも焦点をあてている。開発の計画者や運営者、地方公務員、政府機関職員、海洋と沿岸資源の管理に責務を負う人々に必要な知識と技能を授ける。
プログラムは30単位の習得が必要で、中核コース(3科目×3単位、海洋事情の時事問題、海洋・沿岸生態学、開発計画・運営)、主要コース(3科目×3単位、沿岸資源アセスメント、海洋法・政策、集落単位の資源管理)、選択科目(3科目×3単位、法執行と衝突管理、沿岸・海洋資源の経済評価、コミュニケーション、港湾管理、海上輸送システム、持続的ツーリズム)および特別プログラム(3単位)となっている。特別プログラムは、教官や受講者数にもよるが、沿岸資源管理に関する演習などであるという。
このプログラムの応募資格は学士または相当と認められた研究機関の人間となっており、修業年限は2年である。応募者の成績は卒業認可委員会が評価する。卒業要件は、上記の必要単位すべての習得と平均点2.0以上を獲得し、総合試験を受験し合格しなければならない。合格が認められた学生には大学が奨学金(有償・無償)を与え、成績優秀な学生は政府・民間の奨学金も受けることができる。正確な受講者数(当初は10名以上、現在は数名程度と言う)や卒業者数は不明である、卒業生は広く政府機関やSEAFDECに就職しているという。
東京海洋大学の水圏環境教育推進リーダー認定コースは、必修5単位(水圏環境リテラシー学、水圏環境コミュニケーション学、水圏環境リテラシー学実習、水圏環境コミュニケーション学実習)および学科別選択科目14単位(科目は学科毎に異なる)で構成され、学部学生を対象としており、コース修了者の知識・技能の内容・程度は学科別選択科目の影響を大きく受ける。また、科目の履修のみで、個別の科目で試験を果たされるものの、包括的な資格試験がないまま、学内で自動的に認定が行われる。学部教育として、受講者数の増加が図れるはずであるが、実際には実習での人数制限が律速段階となっており、「学部を挙げての取り組み」といえるか、甚だ疑問である。
これに対し、上記のMMAは修士課程であり、本学では主に海洋工学部で開講されている海事関係の科目(海洋学部では「海の科学」や「船の科学」にごく限られた講義がある)や法律・経済関係の科目を含むことが特徴となっている。また、「それなりに難しく落ちる人間もいる」程度の総合試験が果たされ、修士の学位となる。ちなみに、本学の修士課程(水圏環境リテラシーコースは設立されていない)には幅広い範囲からの必須科目はなく、選択は個々の学生の裁量に任されているのが現状である。
今後、東京海洋大学が実施している水圏環境教育推進リーダー認定コースを対外的にも認められる認定としていくためには、現状の必須科目(ノウハウ部分が中心)だけではなく、選択科目の取り扱い(成績制限、例えば、可は認めないなど)、大学院への拡充も含め、質的な保証を目指した取り組みも必要であろう。
なお、その他の訪問先で得られた結果についても若干報告しておく。イロイロ市郊外にあるSEAFDECは、日本の水産総合研究センターとも人事交流がある国際的な研究機関である。今回は、藻場とその食害生物アイゴ科魚類の担当(魚類:Relicardo Coloso博士、海藻:Maria Rovilla Luhan女史)を訪ね、施設見学と会談を行った。日本での藻場回復に関する市民の参画などを紹介し、同様の活動の有無、あるいはSEAFDECでの普及啓蒙活動の実情を問うたが、種苗生産、養殖、魚病などにトレーニングコースが有償で開催されている以外、特記すべき情報は得られなかった。
また、セブ市では、サンカルロス大学のDanilo Largo教授(海藻)のほか、ダイビングショップエメラルドグリーンの竹谷六未氏を訪ね、同様の質問をしたが、やはり、特記すべき情報は得られなかった。日本では学生や市民の間でもSCUBAダイビングが広まっており、藻場やサンゴの回復などボランティア活動も盛んに行われているが、フィリピンでは富裕層や外国人客が主流で、一般市民に定着しているとは言いがたく、サンゴ礁での水中手袋の禁止やボートの係留制限などが行われている程度であった。しかし、インストラクター兼ガイドの竹谷氏は、地点別の出現魚類の記録を続けており、操船者やガイドとして若い現地人を採用しているので、彼らの中から次世代の水圏環境リテラシーを担う人材が育成されているように感じられた。
(海洋生物資源学科:准教授 藤田大介)
フィリピン大学、サンカルロス大学他(平成21年11月)