国立大学法人 東京海洋大学

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令和5年度9月期 卒業・修了される皆様へ(学長式辞)

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令和5年9月期東京海洋大学学位記授与式
(学部・乗船実習科・大学院)
学長式辞

★20230517_海洋大学_越中島_373.JPG 学部卒業生の皆さん、乗船実習科修了生の皆さん、大学院博士前期課程及び後期課程修了生の皆さん、本日は誠におめでとうございます。新たな旅立ちの日を迎えた皆さんの眼の前には、広大な海原が広がっています。これからは、新しい環境の中で、新しい仲間と出会い、力を合わせ、新しい目標、新しい使命の達成を目指して、元気に活躍して欲しいと思います。
 振り返って見れば、3年間にわたって続いたコロナ禍のために、思い通りにならなかったこと、期待を裏切られたことなど、いろいろな事があったと思います。大事な時期に運悪く多くの苦労をしたと、皆さんはこれまでの経験をあまり高く評価しないかも知れません。しかし、苦しい状況で得た経験、例えば、「何か別の方法で解決できないか」とか「今やるべきことは何か」などを真剣に考え、困難を克服して目標を達成できたことは、この先、生きていく上での貴重な財産になっていくと思います。どうか自信を持って、これからの航海に挑んでもらいたいと思います。
 ところで、最近は、何事に対しても「コスパ」と「タイパ」を求める風潮がありますが、私は少々疑問を感じています。卒業や修了を迎えた皆さんも、本学で学んだ月日を、「コスパ」と「タイパ」で評価するのでしょうか。もちろん、お金と時間は誰にとっても大事なものですから、コスト・パフォーマンスやタイム・パフォーマンスを気にすることは大変重要だと思います。本来、これらの指標は使ったお金や時間に対して、どのくらいの成果や満足感が得られたかの割合で評価するものです。しかし、最近の「コスパ」や「タイパ」は単に「安く済んだ」や「短時間でできた」ということを競っているかのように見えます。仮に、「コスパ」や「タイパ」をかけた時間やコストを分母に、得られる結果を分子とする分数として考えれば、同じ値の分子に対して分母を小さくすれば、確かに分数全体の値を大きくすることができます。しかし、それらをあまり追求しすぎると、実質的な成果や満足感、すなわち分数の分子の値までもが小さくなり、目的であるパフォーマンス自体が下がってしまうということもあり得ます。
 そもそも「タイパ」は近年のデジタル技術やIT技術の進歩によって可能となった考え方で、インターネット上の検索機能や動画の倍速視聴、最近ではリモート会議や生成系AIを利用して初めて可能になります。
 これらのツールが行っていることは、膨大な量のデータの中から、必要なものを抽出することですから、当然、切り捨てられた情報があります。自分で判断して切り捨てたデータは自分の頭の中で一度咀嚼されていますが、ツールによって切り捨てられたデータについては、私たちはその存在にすら気付きません。
 重要なデータを不用意に切り捨ててしまわないためには、データを抽出する際の評価基準、すなわち物差しが重要です。もっと詳しく言えば、必要な情報を探すときの物差しは一つで充分なのか、その物差しは正確なのかということです。リモート会議では発言者の表情と音声のみが配信され、その他の参加者の音声はミュートされ、時にはカメラもOFFにされます。対面での会議で無意識のうちに共有していた、いわゆる会議の雰囲気というものが共有されません。会議の雰囲気を通して参加者の賛同あるいは反対の意思が伝わる部分があります。発言者の表情と音声のみを配信することが、実質的な遠隔会議を運営する上で充分なのかという疑問が残ります。また、生成系AIであるChatGPTを利用する際は、チャットの入力欄に記入する文章、いわゆるプロンプトで、何をどうして欲しいのかを適切に記述する必要があります。これは、データを抽出する際に必要となる物差しを適宜増やしている作業であると理解することができます。
 身近な例でお話すれば、乗船実習科を修了した皆さんは、船を安全かつスケジュール通りに運航する技術を身に付けてきました。船内のあらゆる機器を使って、航海や機関に関する情報を収集し、それらを総合的に判断し、適切な対応をとることの重要性を学んできたと思います。それぞれの情報にそれぞれの物差しがあることを学び、安全運航のための重要な情報を見落とさないための訓練であったともいえるでしょう。
 学部・大学院を卒業・修了した皆さんは、卒業研究や修士・博士研究を通して、得られた研究結果の重要性や新規性、あるいは独創性を重視する姿勢を学んで来たと思います。研究活動にも「コスパ」や「タイパ」があると思いますが、「できれば安く」、「できれば短時間で」という分数の分母に関しては指導教員の先生が苦心されていたと推察します。一方、学生だった皆さんは、研究の重要性、新規性そして独創性を物差しとして、分数の分子を大きくするために日夜努力してきたといえるのではないでしょうか。
 話を戻しますが、コロナ禍の3年間で、皆さんは色々な経験をして来ました。その経験を単なる「辛かった」や「期待外れだった」という評価で結論付けないで欲しいと思います。物差しを替えて評価し直せば、コロナ禍での経験を通して分数の分子は意外と大きな値になっているかも知れません。これまでの月日を違う視点でじっくりと振り返れば、多くの知識を吸収し、多様な視点から物事を見つめることを学び、ひとりの人間として大きく成長した自分に気付くこともあるはずです。
 これから船出する大海原は、いつも優しく皆さんを迎えてくれるとは限りません。ひどい時化のときには、前に進むことすら難しくなるかもしれません。周囲からは歯を食いしばって頑張れと言われるかも知れませんが、物差しを替えて考え直せば、大きくコースを変更したり、ヒーブツーでやり過ごしたり、あるいは近くの港に避難したりと、選択肢は沢山あることに気が付きます。
 繰り返しになりますが、皆さんは、いろいろな経験を経て大きく成長しています。短絡的な「コスパ」や「タイパ」に捉われることなく、自分の力で勝ち取った多くの物差しを総動員して、これからの航海に挑んでもらいたいと思います。
 最後に、本学は学び直し、いわゆるリカレント教育にも今後力を入れて行きます。社会に出た皆さんが、身の回りで何か新しい物差しが必要ではないかと感じたときには、是非、指導教員の先生や、東京海洋大学校友会にコンタクトしてください。本学はいつでも、また、いつまでも皆さんをサポートし続けます。そして、皆さんの元気に満ち溢れた笑顔に会えることをいつも楽しみにしています。

令和5928
東京海洋大学長 井関俊夫

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