国立大学法人 東京海洋大学

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令和6年度9月期東京海洋大学学位記・修了証書授与式における学長式辞

イベント 卒業生の方

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令和6年度9月期東京海洋大学学位記・修了証書授与式
(学部・海洋科学専攻科・乗船実習科・大学院)
学長式辞

 学部卒業生の皆さん、海洋科学専攻科および乗船実習科修了生の皆さん、大学院博士前期課程および後期課程修了生の皆さん、そして、論文提出によって博士号を取得された皆さん、本日は誠におめでとうございます。東京海洋大学で学んだことに自信とプライドを持って、自分のペースで 着実に前進して行って欲しいと思います。
 その一方で、本日の修了式を目前にして 乗船実習科の学生の訃報に接しましたことは、誠に残念でなりません。人生の新しい船出を目前にして、夢と希望に満ち溢れた若者を失うことは、本学にとって非常に悲しいことであり、社会にとっても大きな損失であるといえます。乗船実習科の皆さんには、彼の海に向けた志の幾分かを引き受けて、海洋・海事社会で頑張ってほしいと思います。
 さて、本日卒業・修了する皆さんは これから新しい環境の中で、新しい仲間と出会い、力を合わせて、新しい目標、新しい使命の達成を目指すことになります。しかし、現代社会は国際紛争や環境問題の影響で、エネルギー価格や物価の高騰の只中にあり、多くの人々にとっては 非常にストレスフルな社会になっていると言えます。私は今、皆さんに社会の一員として頑張ってほしいと思っていますが、それは 自己の犠牲を厭わず、社会のために全力で走り続けることを求めるものではありません。行き詰まりや無力感を感じた時は、一旦立ち止まり、自分の置かれた状況を冷静に分析し、精神の健康を保つことに 十分に留意していただくことを願っています。
 2年前に奈良の薬師寺で執事長の大谷徹奘(おおたにてつじょう)さんの法話を聞く機会がありました。その内容がとても面白かったことと、東京都江東区のご出身ということで親近感が湧きましたので、帰りに大谷執事長の書かれた「静思(じょうし)のすすめ」という本を購入しました。「静思(じょうし)」というのは、「静かに思う」と書くのですが、自分の損得や好き嫌いを一度横において、立ち止まってよく考えることを 意味するそうです。日常生活では、私たちは何かしらの我慢をして、努力し続ける必要に迫られます。私たちは、自分の努力は正当に評価されるであろうと期待していますが、実社会では、必ずしもそうはならず、がっかりしてしまうことが多くあります。そのような状況がつづくと、ストレスが溜まるだけではなく、自分を評価しない周りの社会が悪いと思い始め、どんどんと負のスパイラルに陥って行きます。
 大谷執事長の本によれば、私たちの心には5匹の鬼が棲んでいるそうです。
 貧(とん):物を欲しがる心、自分を評価して欲しい心
 瞋(じん):自分の思い通りにならないと腹が立つ心
 掉挙(じょうこ):おだてられると図にのる心
 惛沈(こんじん):いじける心
 疑(ぎ):疑う心、受け入れない心
 この鬼たちは私の中にも、昔から衰えることなく確実に存在しています。きっと皆さんの心の中にもいるのではないでしょうか。この5匹の鬼たちに振り回されないようにするために、大谷執事長は次のように言っています。
 「迷ったら立ち止まってよく考える」
 「困ったら立ち止まってよく考える」
 「つらくなったら立ち止まってよく考える」
 「腹が立ったら立ち止まってよく考える」
 「静思」すなわち、立ち止まってよく考えることによって、心を落ち着け、雑念を取り払い、精神を安定させることで、より深い思考や気づきが得られるという プラスの効果があると言われています。興味のある人は是非、試してほしいと思います。
 さて、今一度 世界に目を向けなおすと、現在、国連総会が開かれていて、今週の日曜日と月曜日には「未来サミット」が開かれました。2015年にCOP21で採択されたパリ協定や国連サミットで採択されたSDGsの取り組みが 現在ほとんど進んでいない状況を前にして、国際社会で危機感を共有し、改めて地球環境問題の解決に向けて前進していこうという主旨から開催されたようです。問題解決への取り組みが進まない原因は 新型コロナウイルスによるパンデミックの影響だけではなく、ロシアのウクライナ侵攻や イスラエルとハマス・ヒズボラとの戦闘拡大などにあり、大国同士の対立と 拒否権の乱発によって 安全保障理事会が機能不全に陥っているためであるとも言われています。いずれにしても、根底には、多くの人間が組織や国家を形成して集まると、人々の心の中の5匹の鬼の力が 巨大化するように思えます。現在の混迷を極めた世界情勢が改善されるためには、かなりの時間がかかると思われますが、地球環境問題の解決は 待った無しの状況になっていることは 皆さんも良くご存じの通りです。
 本日、本学を卒業・修了する皆さんの大部分は 地球環境問題とは直接関係の無い業務に就くことになると思います。しかしながら、社会の一員である以上、これから先、すべての人は 地球規模の重大な課題の解決に関与していくことになると思います。そこで私からのお願いは、皆さんは「海を知り、海を守り、海を利用する」をモットーとする東京海洋大学の卒業生・修了生であり、最も海を理解する研究者・技術者グループの一員であることを忘れないで欲しい ということです。そして、本学で身に付けた知識や能力をそれぞれの立場で 思う存分発揮してほしいということです。もしかすると、途轍もない難関に遭遇することになるかもしれません。その時はぜひ「静思」を実践して、身体的・精神的・社会的に良好な状態、すなわちウェルビーイングを実現しつつ、難関を乗り越えて行って欲しいと思います。
 最後に、本学は社会で頑張る皆さんをいつでも、また、いつまでもサポートしたいと思っています。何か相談したいことがあるときは是非、指導教員の先生や、東京海洋大学校友会にコンタクトしてください。東京海洋大学は皆さんの力になれることを いつも楽しみにしています。

令和6927
東京海洋大学長 井関俊夫

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